言葉の通じない相棒 前編

外国人研修生

今から9年前

元請け会社からの推薦で

3人のベトナム人研修生を

うちの会社で受け入れる事になりました

タンくん

トゥンくん

チュンくん

社員達はあまり乗り気ではなかった

本音を言うと私も少し嫌だったんです

彼らと一緒に仕事をする事の大変さが

容易に想像できたから

何を説明するにも

言葉の壁がある

文化の違いもある

正直 彼らと一緒に仕事をする事には

かなりの抵抗がありました

そんな空気の中 社長が私に言ったんです

社長「おいあぶ(私の事)

お前に1人つけるから面倒見てやってくれ」

そうだろうな とは思っていました

当時の私は職長ではなく

与えられた仕事をこなす立場

業務的に余裕があったので

私が指名されるのは自然な流れ

研修生の1人を面倒見ろと言われれば

できてしまう しかし

とても前向きにはなれませんでした

チュン「わたしは チュンです

よろしくおねがいします!」

たぶん 何度も練習してきたのだと思います

片言の日本語で だけど元気よく

精一杯の笑顔で挨拶をしてきてくれまし

私「わたしはあぶと言います

チュンくん よろしくお願いします」

不安と本音が悟られないように

私も笑顔で返しました

初日は私の運転する車で

3人とも現場に同行してもらいました

予め用意していた彼らの道具の説明と

これはこう使います

こういう作業をします

という工程の説明

簡単な実演を見てもらい

この日は終業時刻を迎えました

終始真剣な様子で道具

それを使った作業を見つめる姿は

とても印象的でした

だけど 何を説明しても

どんなに砕いた言葉を使ってみても

彼らに正しく伝わっている感覚は

ありませんでした

その日の帰り道

会社で用意した彼らの宿舎に

送り届けた後

私は外国人研修生とは

どういう仕組みでここに送られてくるのか

ふと気になりました

正直

この時 彼らの事は仕事で面倒を見る対象としか

思っていませんでした

だけど少しでも知れば

少しはやりやすくなるんじゃないか

そんな気持ちで手元のスマートフォンを

開きました

彼らは派遣組合に所属して

配属先が決まった段階で

その国の言葉や文化を研修としてある程度学ぶ

どの職業に就くかが決まると

その業種の実務研修

必要であれば工事資格取得に向けた勉強と試験

渡航費 当面の生活費

その全てにかかる費用を

前借りする形で勤め先となる会社にやってくる

その金額は60〜100万円

中には120万円程の借金を負った状態で

来日する人もいるらしい

そのお金は彼らの国で換算すると

成人男性の平均年収の2倍近く

それ程の借金を負い 家族や友人

大切な人を国に残して

別の国に渡ってきたという事

私は恥ずかしくなった

どこか彼らを下に見ていた自分は

なんて小さな人間なんだろうと思いました

彼らは

私が想像もした事のないような覚悟を持って

この国に来ていました

同じ事が私にできるのかと考えたら

言葉が見つかりませんでした

私は

人生を賭けて日本にやってきたであろう彼らに

どう向き合うべきなのかを

ずっと考えていました 

余計な事を知ってしまったなとも思った

だけど知ってしまったからには

私には仕事よりも先に

彼らに教えなければならない事があると気づいたんです

そしてそれは

チュンくんの指導役として指命された立場からは

少し外れた事なのだとも同時に気づきました

私がチュンくんに教えたかったのは

仕事の事ではなく

どうしたら日本人と仲良くなれるのか

つまり

どうしたら周りの日本人は

チュンくんを好きになってくれるだろうか という事

数日経ったある日の休憩中の事

私はわざと会社の仲間や

他社の日本人が多く座るテーブルの近くで

チュンくんとある事を始めました

チュンくんの頭を指さして

私「チュンくん これは?」

チュン「かみのけ!」

私「これは?」

チュン「まちゅげ!」

私「これは?」

チュン「まゆげ!」

私「じゃあこれは?」

チュン「ああぁ…はなげ!」

このあたりで周りからクスクスと笑い声が漏れ始める

私「これは?」

チュン「わきげ!」

ワハハハハ

私「これは?」

チュン「ちくび、げ!」

ワハハハハ

私「これは?」

チュン「ぎゃらんどぅ!」

ワハハハハ

チュンくんが答える度に大きくなっていく笑い声

徐々にチュンくんの表情も柔らかくなっていくのがわかった

最後に私はチュンくんの脚と脚の間あたりを指差し

私「じゃあこれは?」

チュン「うわああダメです!!!」

ギャハハハハハハ

実はこのやりとり

休憩中や仕事中に私が何度も

チュンくんの体の色々なところを指差し

予め練習していたもの

顔を真っ赤にしながら笑うチュンくんの姿は

初めて現場に連れて来た時のような真剣な眼差しとは正反対の

とても可愛らしい生き生きとした表情でした

よく覚えたなと感心を示す人

笑いながら余計な言葉を教えるなと私にツッコミを入れる人

私の真似をしてチュンくんの体を指さす人

その空間全部が笑顔に溢れていました

そしてチュンくんはこの瞬間

間違いなく笑顔の溢れる空間の中心になっていました

この日を境に

研修生たちと現場の日本人たちは

目に見えて打ち解け始めました

言葉が急に話せるようになった訳ではありません

だけど声をかけることに迷いがなくなり

自分からコミュニケーションを取ろうとする事が

増えていきました

やってよかった

キッカケ一つで

彼らが日本で過ごしやすくなったのなら

あの空間を作れて本当によかった

そう思っていたんです

うまくいきすぎて

私は自分が大きな見落としをしていた事に

気づいていなかった 

研修生3人のうち

他の2人よりも

チュンくんだけが少しずつ遅れていました

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