車で寝るなと言えなくなった理由

オッサンの本音

建設現場への行き帰り

若い職人が後ろの座席で寝息を立てている

数年前の私なら間違いなく起こしていました

「運転してる奴がいるんだから寝るな」と

そう教えられてきたし

それが当たり前だと思っていたからです

だけど今は言いません

疲れているのも分かる

時代が違う事も理解している

前日に遊びすぎたのかもしれないし

もしかしたらあまり体調が良くないかもしれない

しかし正直に言えば

かなりモヤモヤした気持ちでいます

もしも先輩や上司から

「車で寝るな」と言われた事があるなら

「なんで?」と思った事があるでしょう

実は私も若い頃はそう思っていた側でした

今は仕事中でもないのに

仕事は仕事で頑張っているのに

車の中でくらい好きにさせてくれよ

そのように思っていたんです

ただ 昔の職人さんたちがそれを

口うるさく言っているのには

言っている側なりの譲れない理由があります

しかし私がこの場で1番言いたいのは

その文化で育った人ほど

実は時代に合わせようとした時に

誰よりも葛藤して 誰よりも悩んでいる

という事です

車で寝る若手を責めるつもりはありません

かといって

昔の考え方を擁護するつもりもありません

その間で揺れている1人のオッサンとして

少しだけ本音を語らせてください

今現在

若手として現場に出ている方からすれば

非常に耐え難い事かもしれません

ですが

私たちの世代を育ててくださった

ベテラン職人さんたちの時代は

今とはまるで違う環境の中

仕事を学んできました

朝は誰よりも早く現場に入り

先輩や親方よりも先に帰るなんてありえない

道具や材料を運ぶのも若手

掃除やゴミ出しをするのも若手

分からない事があっても

ただ漠然と質問するだけでは教えてもらえず

まずある程度見て覚えて 要領を得てから

適切な質問をしないと相手にしてもらえません

今の時代なら重大な問題になりかねない事も

当時は当たり前に行われていました

良い悪いは別として

そういう時代だったんです

そして当時の職人さんたちにとっては

仕事中だけが仕事ではありません

現場へ向かう車の中も

休憩中も

帰りの車の中も

先輩と一緒にいる時間そのものが

仕事の延長であり 学びの場でした

そこで交わされる何気ない会話の中から

仕事のコツや技術を盗み

作業の流れや段取りを覚え

職人としての礼儀や振舞いを学んでいったんです

だから当時を知る我々や先輩方の世代にとって

車の中で寝るという行為は

仕事中に気を抜く事

学ぶ機会を自ら手放す事であり

一緒に仕事をする仲間に対しての配慮

という意味での行動として

礼儀やモラルを欠く行為と言われてきました

このような教えを若手の頃から叩き込まれた

オッサン世代の私としては

今でもこの考えを完全に否定できないでいます

もちろん今の時代にその考えを

そのまま当てはめるつもりはありません

ですが

なぜ昔の職人さんたちがそこまで

口うるさく言っていたのか

その理由を考えた時

単なる意地悪や根性論だけでは説明できない

理由があったのも事実なんです

では

なぜ私は今

車で寝る若手を起こさなくなったか

理由はとてもシンプルで

疲れてしまったんです

前述した通り

以前の私は 車で寝る若手に対し

師匠や先輩方からの教えを半ば強要する形で

「車で寝るな」と言っていました

これは怒りというよりも

自分が守ってきた規範

自分が耐えてきた文化

自分が大切にしてきた礼儀

これらを軽く扱われたような

悔しさに似た感覚と

先輩方からの教えを引き継ぎ

今度は私が後輩たちを立派に育て上げるんだ

という使命感から出た発言で

最初は前向きなものでした

私自身がそう叩き込まれたように

この先どこに行っても恥をかかないような

最低限の礼儀や考え方

仲間との向き合い方などを

後輩たちにも伝えていきたいと思っていたんです

自分なりの言葉で 時には荒い口調で

なぜ寝てはいけないのかを

できる限り寄り添った言い方で

伝えていたつもりでした

その言葉も含めて仕事を教える立場としての

役割だと信じていたからです

だからこそ 寝ている後輩を見るたびに

自分が受け継いできた先輩たちの想いを

彼らに受け取ってもらえなかったような

そんな寂しさを感じていました

ちょっと目を瞑っているように見えただけで

また同じ事を言わないといけないのか…

と思うことの繰り返しも もう疲れてしまった

ですが

ある時から思うようになりました

この価値観を押し付け

その結果 私自身が苦しくなり

後輩たちも窮屈に感じてしまうなら

それは本当に良い教育と言えるのか

誰も正解のわからない

業界のしきたりのようなもので

後輩たちをがんじがらめに縛る事で

自分自身の首も締まっているのではないか

そんな事をしなくても

技術を伝える事はできるし

別の形で良い関係を築く事もできるのではないか

これは考えを改めたのではなく

自分の心を守る為に無理やり納得のいく考えを

こじつけたに近いものでした

よほど目に余る事がない限りは

必要最低限の指導にとどめる事で

皮肉にも後輩たちのパフォーマンスは良くなり

明らかに関係性が改善できました

これでいいのか?と自問する表側で

あからさまに良い結果が出たのです

しかし私の本心はやはりどこか納得しておらず

「だからってこれは許したらダメだ」

という自分と

「若い頃の自分だってつい車の中で

 寝てしまった事もあったじゃないか」

という自分と

まるで大人の自分と子供の自分が

言い争っているような感覚です

どちらも間違っているようで

どちらも正しい気もする

だから今でも

この問題の落とし所を見つけられずにいます

モヤモヤした気持ちの正体は

こんなに明確に見えているのに

解消する事はできそうにありません

私は今 自分の心を守る為に

後輩たちの教育を放棄したような気持ちでいます

もし先輩方がこの記事を読んだら

「そんなんじゃダメだろ」

と思うかもしれません

もし若い人たちが読んだら

「そんな事で悩むなよ」

と思うかもしれません

ですが

車で寝るなと言っていた時も

今はもう言わなくなった事も

どちらも後輩たちの事を考えた結果であり

自分の葛藤と向き合った結果でもあります

だから今でも

これが正しかったのか

間違っているのか

正直なところ全くわかりません

同じような気持ちを抱えた方がいましたら

是非ともその声を聞かせてもらえませんか

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